出土状態の秘密

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弥生時代 火災にあった住居

弥生時代の住居を埋めた土を掘り進めると、大量の炭化した木材がでる例に出くわすことがある。

大阪府鬼塚遺跡


群馬県高野原遺跡


弥生時代といったら倭国大乱、つまり戦争の時代と習った人もいるだろう。

火災の痕跡は、まさにその戦争と結び付けて説明されることもある。

昔の本などを見たら、戦争の痕跡と決めてつけて紹介しているものを見た。

でも最近一部の本には、火災住居を戦争によるものと書かなないものをみかけた。

基本的なことだが、日常生活の中で発生した火事の痕跡と、戦争による火災の痕跡は、どこで見分けることができるだろうか?

正直見た目では難しい。

ここで紹介した焼失住居跡も、出火原因を特定できているわけではない。

そもそも、それを火事の原因を探るという目的で、掘り進めているわけではないから、結果それを検討する材料は制限されてしまう。


そんな焼失住居にも研究するうえでこの上ない情報を与えてくれる。

大阪府鬼塚遺跡出土土器


群馬県高野原遺跡出土土器


屋内に土器や石器がそのまま残っている事例がけっこうある。

これにより、この住居が使用されていた時の土器や石器の形態を知ることができる。

出土した遺物は火災前のものであるから、極めて同時性の高い遺物と自信を持って言える。

土器や石器の新旧を説明するとき、非常に役立つ資料となる。


ちなみに、縄文時代からも焼失住居はたくさん見つかる。

でも、戦争のない時代であるから、家を送る儀礼として説明する人がいる。

その解釈も、日常生活で発生した火災とどう違うの?という疑問は残るけど…


果たして、弥生時代の焼失住居は、戦争・日常的な火災の二つで説明できるのだろうか?




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非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
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