出土状態の秘密

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アイヌ文化 北海道トビニタイ遺跡

50年ほど前の写真。


最初見たとき、縄文時代にある配石の遺跡かと思ったらアイヌ文化のものだった。

4Ⅿ×4Mの範囲に円礫を積まれたようで、そこから大型の海獣骨、魚骨、鉄鍋片、軽石製火皿が出土している。

火皿の出土から、江戸時代の中頃よりも新しいとみられている。

同じような遺構は、数は少ないものの、石狩平野南部、網走附近、阿寒湖付近など、広範囲で見つかっているようだ。

縄文時代よりも新しいアイヌ文化で、石を使って聖域を作り、祭りを行っていたとは興味深い。

縄文人とアイヌ民族という、日本を象徴する狩猟採集民は、聖域と俗世という二つの空間を認識しながら生活していた。

なかなか興味深い。

この遺構も、送りの場として考古学者には解釈されている。

でも、どのような形式の儀礼が行われたかまで、復元できたのだろうか?続報はない。

遺跡を残した人の多くはすでに亡くなっており、証言を得ることは不可能。

北海道の開拓者は、アイヌ文化を消滅させるような教育をアイヌ民族に押し付けてきたし、和人はそれを推進した。

明治の文明開化は、アイヌ文化にとって単なる文化破壊でしかなかったといわれてもしかたない。

想像と破壊が表裏一体であることを忘れてはならないと思う。



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非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
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