出土状態の秘密

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弥生時代 岡山県百間川原尾島遺跡

遺跡からは井戸祭りの痕跡が確認されたという。


でもウィキペディアで「井戸祭り」と検索しても出てこない。

この遺跡を紹介している本によると、弥生時代の祭りは、水田耕作、井戸、埋葬、生活、生産などにわたるという。

井戸から検出されたのは、この時代に多く出土する壺型土器以外に、仏壇に飾る仏具に似た形態の土器。


すべて完全な形で検出されている。

こうした特徴は、日常生活とはかけ離れているので、祭りの痕跡と考えたのだろう。

何を祈ったか?

当時の日本列島の様子を伝えているあの「魏志倭人伝」によると、卑弥呼は鬼道をつかったとある。

朝鮮半島では鬼神を農業の神・土地の神と考えられている。

おそらく日本の弥生時代も似たような解釈だったと考えると、井戸の祭りも農業や土地に関連した祭りと、解釈できる余地はあると思う。

水がいつまでも枯れることのないように、とでも土地の神様にでも祈ったのだろうか?




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古墳時代 岩手県藤沢狄森古墳群

古墳時代の終わりには円墳と呼ばれる古墳が数多くつくられる。


遺体を葬る主体部というものをつくった後、墳丘を盛るという順番で構築されたらしい。


円墳をすべて見たわけではないが、その周囲に堀をめぐらすものが見られます。


↓これは房の沢古墳群の1基


藤沢狄森古墳群の濠からも↓のように土器が出土している。


なぜこのように出土するか?


もともと、古墳の墳丘にならべてあったものが濠へ転がったと考えたこともあったが…


でも右の土器は上向きで出土していること、二つの壺が向かい合って出土していることから、人為的な配置であるととらえてもよさそう。


想像をたくましくすれば、葬られた人に対する祭祀的行為一部ととらえてもよさそうである。


壺を向かい合わせに配置し、その横に径の広い土器を上向きで配置して、何を祈ったか?


知る術はないけれど、壺の中に詰まっていた黒土からなにか検出されなかっただろうか?


気になる。



古墳時代
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縄文時代 三内丸山遺跡

縄文時代をすこしでも勉強した人ならだれでも知っているだろう三内丸山遺跡。

大きい・長い・多いというキャッチフレーズで、多くの見学客を集めた、と思う。


自分も小学生の時修学旅行で寄ったが、当然のことながら知識は無いし、なにをみたか全然覚えていない。


千葉県の歴史民俗博物館には、三内丸山から出土した土器・石器が多く収蔵されている。


収蔵されている土器をみると破片をつなぎあわせて、復元している様子がうかがえる。


土器の破片は遺跡の北側盛り土とよばれる地点から大量に出土したという。


これが盛り土の断面。
土器の破片や石器が飛び出ている。


この盛り土のとある地点から、大量の土器片が密集して出土した。


たしか段ボール数箱分の土器片が出たというのも話題になった。
といっても、考古学という限られた世界での話だが。

博物館では完全な形の縄文土器が展示されているのをよく目にする。

でも実際はこうした破片の状態でみつかる場合が多い。

そしてその出土状態も多様だ。

三内丸山遺跡の場合は、考古学者が盛り土と呼ぶところから大量に出てきた。

以前紹介した遺跡と違ってほぼ原形をとどめていない。

一つ一つの土器片は、その密集具合から、極めて近い時間、極端なことを言うと同時に廃棄されたように見える。

縄文時代の土器は、大きく2種類の出土状態がある。

@原型をとどめた状態。

A三内丸山のように小さな破片になった状態。

なぜそのように出土するか。

それは遺跡を残した人の習慣によるものだろう。


引用 縄文文化の扉を開く 三内丸山遺跡から縄文列島へ 歴史民俗博物館 2001


縄文時代
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岩手県 根井貝塚 住居床面から出土した土器

住居の床面から出土した石製のペンダント(?)と土器↓


土器は、ほぼ完全な形で出土しているようです。


博物館で陳列される土器のように、きれいな模様が施文されています。


でも縄文時代の遺跡から出土する土器は、破片である場合が多く、こんな状態で見つかるのは珍しい。


報告者によるとこの土器群から、赤い粘土と蛇の骨が出てきたとか。


赤は人間の血と同じ色、蛇は神様として祭られる対象…


人によってはそこに魅力を感じる人もいると思います。


土器の形や模様に注目すると、時間をかけて丁寧に大事に製作したことが伝わってくる。


丁寧に製作した土器に、赤い粘土と蛇の骨を入れた理由は何だったのか?


あの石のペンダントもなぜ伴っているのか?


そもそもこの住居の床に置いては遺棄した理由は?


模様のみではわからない、彼らの知られざる一面を出土状態は伝えている。


引用 いわて 未来への遺産 遺跡は語る 2000



縄文土器
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soraイメージ
注意!
非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
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