出土状態の秘密

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平安時代?鎌倉時代? 島根県出雲大社(出雲大社境内遺跡)

出雲大社は、かつて巨大な構築物だった。
 
でも一昔前まで、巨大神殿の話はオカルト的な扱いを受けていた。

自分の知っているキョージュも、あれは妄想じゃないか?古代にロマンを持った人の虚構だよね、などさんざん言われていた。

でもキョージュが考えを変えざるを得ない発見が2000年にあった。

 
地下祭礼準備室の建設にともなう事前調査に際し、境内からは勾玉などの他、巨大な宇豆柱(1本約1.4mの柱を3本束ねたもの)が発掘された。



この発見により、出雲大社は歴史資料にある通り大型建物の存在は確実と思われた。


発見当時、平安時代の48Ⅿ説は、実証されたとする記事を多くみた。
 

しかし、柱周辺から見つかった遺物や柱自体の成分分析などから、鎌倉時代である可能性が高いとされているらしい。

それでも30Ⅿを優に超す大型建築物に変わりはない。




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弥生時代 埼玉県横間栗遺跡

遺跡からは、壺型土器に人骨を入れた土器棺がたくさん見つかっている。

遺体を土に埋めて肉体が腐食した後、残った人骨をつぼ型土器に入れたものらしい。

2度埋葬することから、再葬墓とも呼ばれる。

墓穴は1987年度で13基確認されている。

そのうち、複数の土器棺を埋葬しているものが確認されており、2号再葬墓と呼んでいる墓穴からは4点出土した。

人骨の量を考えると、一つの土器棺に入るのは1体がぎりぎりであろう。

とすると、合計4人が一つの墓穴に埋葬されたことになる。

4人の関係は、現代人の感覚からすると、同じ墓に入っているわけだから血縁関係と考えるのが自然か。

ただ、DNAによる検査をしているわけでもなく、死亡原因が同じだったためという解釈とかも成り立つかもしれない。

土器棺は単独で埋葬されている例もみられる。

単独埋葬と、複数埋葬とでは何が違っていたか?

出土状態を見てわかるのは、この4点は近接して見つかっており、時間差があったようには見えない。


おそらく同時に埋めたのだろう。



複数の人を人骨になってから再葬する。

どんな事情があったのだろうか?



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古墳時代 奈良県大和天神山古墳

古墳石室内の写真。

遺体を葬ったと思われる場所。

木棺の上に赤いものが敷かれ、其の周囲に鏡が遺体を囲むようにぐるりと配置されている。

以前紹介した神奈川県の古墳からは鏡は1枚確認されたのみ。

やはり中央に近いからだろうか、副葬される鏡の数が全然違う。

さらに注目したいのは、遺体を安置した附近の赤い部分。

これは辰砂といって、深い山に入って採掘しなければ入手できない貴重な鉱物である。

ここに敷かれた辰砂は41sもあった。

辰砂を入手できる人たちと被葬者の関係の深さが読み取れる。

後に畿内地方では、さらに石室を赤く塗った古墳が多く見られるようになる。

権力者にとって、赤は埋葬と関わりのある色であったことは間違いなさそうだ。

ちなみに、韓国・中国にも墳丘墓はあるけれども、辰砂がみつかった古墳はは少ない。

あったとしても、韓国から見つかった前方後円墳くらい。

やはり、日本独自に発生した風習と考えるのが妥当か。


さて古墳・鏡・辰砂のある子の古墳は、この地域では民間人よりも上位にいた人物であり、希少品を多く副葬できる、大きな権力を持つ人物であったことは疑いないと思う。

階層の存在は、弥生時代の遺跡からも想定できる事例はある。

古墳時代になると、さらに階層が顕著となったことをよく示す古墳である。

こうした古墳は畿内地方に多い。

でも、すべてが天皇の墓というには、数が多すぎる。

昔学校で習った蘇我氏だとか、秦氏だとか大物豪族の墓も含まれていることだろう。


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旧石器時代 岩手県和賀仙人遺跡

旧石器時代の遺跡で、出土状態に際立った特徴の見られるものは少ない。

まえまえからわかっていたが、旧石器時代の場合、はっきりした遺構の確認は困難。

特徴のある出土状態というのも、あとは御子柴ぐらいか、あってもごくわずかだろう…

だんだんネタ切れになってきた。

よって、初期の目標からかけ離れるけれど、この時代に限って遺跡から何が出土しているかというデータを伝えたい。

この遺跡は、地層の重なりを検討して発掘調査を進められた遺跡である。

岩手県で初めての事例だという。

調査団の目標は「遺跡の層位や遺物の産状を解明する」ことで、地質・地形のプロフェッショナルを交えて発掘を行った。

もともとこの近辺において、火山灰を起源とするロームの層から、石刃数点ほど見つかっていたので、このロームを掘り進めてみた。
    



        
 
すると、ロームから石器が次々と出土した。

地層を意識して、埋没した状態の石器を確認することができた、初めての例だということらしい。

石器は、尖頭器・ナイフ形石器・たたきいし・彫器などで、原材料は付近の河川で採集された頁岩であった。

    

  

     
他に搬入品と思われる黒曜石で製作された石器も出土している。

ここから得られる情報は、
石器は付近で取れる石で製作される。
ロームの層が形成されている間に使用された石器は尖頭器・ナイフ形石器・叩き石・彫器などである。
ごくわずかだがこの地域では取れない黒曜石製の石器を使用していた
黒曜石製石器の出土は、遺跡を残した人の一部が他の人と交流を持っていたか、もしくは移動して採集した結果である。
などなど…

考古学以外の分野にいる人達は、ここにある資料からどのような情報を抽出するだろうか?

例えば現場検証は、警察の人たちの仕事にもある。

彼らはこの遺跡に立ったら他に何を感じ取るか?

一度じっくり話を聞いてみたい。



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江戸時代 長野県林中棚U遺跡

数年前、何かと話題になった八ッ場ダム。

その開発前の調査で、江戸時代の石垣と住居跡が見つかった。

林中棚U遺跡からは、畑の境に設けられる石垣が検出されている。


上部のごつごつした石は、最近使用されていた部分で、表面の新しい部分は土中に埋まっていた部分だという。

この地は寛保2年大洪水を経験している。

その次に天明3年の浅間山大噴火が起きており、泥流の被害にもあった。

洪水と泥流のためか、石垣や住居跡は地表より1Ⅿ深い位置から検出されている。

自然災害の前では、人間は全く無力な存在である。

でも、再び家を構えて復旧し生活をつづけた当時の人々の強さを感じ取れる。

 
これは民家のあと。


板石は、礎石だろうか?

たしか古い家でも、これに似た石を床下で見たことがある。

地面より50センチ以上も掘ったところから発見されている。

大洪水による土砂と多くの火山灰をかぶった結果だろう。

人々の必死に生きた痕跡を示す遺跡が調査後ダムに沈んでしまうのは心が痛むが、
維持するにはもっと金がかかるし… 是非に及ばずか。

ちなみに急激な火山活動で形成された地層内から、人の遺物が見つかることはあまりない。

この遺跡も火山灰の地層の下から見つかった。

そうわかっていたはずなのに、なぜ火砕流の地層から見つかった石器を疑いもせず「前期旧石器」と鑑定し、長い間堂々と本に紹介する事態になったのだろうか?

あれから17年。

ねつ造事件の衝撃は今も脳裏に焼き付いている。



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soraイメージ
注意!
非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
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