出土状態の秘密

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オホーツク文化 骨塚

オホーツク文化の住居からは、動物の骨を集積した「骨塚」と呼ばれるものがみつかる。

トコロチャシ遺跡の骨塚

栄浦第二遺跡の骨塚


復元された骨塚


写真や図面を観察すると、頭骨を丁寧に並べているように見える。
動物はクマ、シカ、キツネなど陸上で生息する動物のほか、トドやクジラなど海獣の頭骨もあるらしい。
家畜として飼育していたと思われる、ブタ・犬の骨はあまり多くないとのこと。
頭骨を丁寧に並べているので、骨を集める趣味があったわけではなさそうだ。

丁寧に扱うという点から、食糧の対象とは違う、別の考えがあったようだが、それは何か?
縄文時代の配石遺構や石棒と同じく、世界観を読み解くのは難しい。
住居にある点から、昔の家によくあった神棚、仏壇などの感覚で存在したのだろうか。

骨は肉のついた状態で置いたのではなく、一度地中に埋め、骨だけになったら掘り返して家に搬入したと考えるのが自然だろう。
衛生的にも悪いし…。

縄文時代にも、遺体を埋めて、骨のみとなった時期に掘り返し再び埋葬した二次埋葬がある。
骨塚はそれに相当する行為である。
単なる食糧の対象と考えていたらここまではやらない。

アイヌ民族の送りのごとく、動物に対し尊崇の気持ちが表れている。

ちなみに、この骨塚は住居が使われている間につくられたのか、それとも廃絶時につくられたのか?
ちょっとわからない。

それによって、彼等の世界観の解釈もかわるだろう。




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古墳時代 岩手県上餅田遺跡

ここから検出されている住居のプランは、方形、四点の柱穴、かまど。
古墳時代にはよく見られる例なのでそう珍しくはない。




発掘調査の範囲からは、古墳時代から平安時代にいたる竪穴住居跡が見つかっている。
古墳時代 半弧状に配置。
奈良時代1 北に密集。みんな何となく同じ方向を向いている。
奈良時代2と平安時代 南へ移動。



不思議なことに全く重複しているように見えない。
他の同時代の遺跡では、重複例はいくつも見ているので、この光景は不気味に映ってしまう。
完全に埋没していなかったから、こうした奇跡がおきたのだろうか?

それとも重複は、避けなければならないタブーだったのだろうか?

三河地方のとある地域では、死人の出た家のそばに家を作らないという習慣があった、と聞いたことがある。

その習慣は古墳時代までさかのぼる、わけないか…。



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弥生時代 福岡県立岩運動場遺跡(ちょっと閲覧注意)


甕棺墓から男性の人骨が見つかった。
埋葬方法は膝を曲げる屈葬にみえるが、蹲踞の姿勢にも見える。

右手に、ゴホウラという貝殻でつくった腕輪を14個もはめていた。
ゴホウラは奄美大島より南東の海で採取できる。
遺跡から直線距離で400キロ以上も離れている。
この人物に特殊性を感じている学者は多いという。
彼は何者か、永遠にわからないだろう。

脚の位置は埋葬にかかわった人がやったのだろう。
無造作にやってこうなることはまずない。
貴重な貝の腕輪をたくさんはめていた彼は、死後大きい甕棺をつくられ、埋葬された。
おそらく、当時としては厚葬の扱いになると思う。

でも数千年後、まさか自分がこんなかたちで世間にさらされるとは思っていなかっただろう。
自分だったら嫌だ。
彼に同情する。



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縄文時代 敷石建物跡

埼玉県樋下遺跡


長野県平石遺跡


縄文時代の関東・中部地方の遺跡から、敷石住居と呼ばれている建物跡が多数見つかっている。
名前の通り住居の床に石を敷き詰めている。
初めに柄鏡の縦穴を掘り、床と柄の部分には平べったい石を敷き詰めたようだ。
中央には炉がもうけられており、これは縄文時代の住居と同じである。
柱穴は竪穴の外に掘られている。

今まで見てきた竪穴住居の柱穴は、内部から見つかる場合が多いので、屋根など上に覆いかぶさっていたものが、一般の住居とは違っていた可能性もあるだろう。

ちなみに柄鏡の竪穴は、北海道の続縄文時代にも見られた。
柄の内部に柱穴が見つかっているが、敷石住居の場合は外側から見つかっている。
竪穴のなかに柱をたてるのがタブーだったのだろうか?

樋下遺跡では、炉附近からは石棒が見つかっている。
平石遺跡の炉付近からも動物を描いた土器が検出されている。
石棒は、石で作られた狩猟具とは違う道具。
絵の描かれた土器は、今まで見たことはあるけれども数は少ない。
煮炊きに使う土器といっしょにみていいのだろうか?

そもそもこの住居をつくった人達は何を考えて、行動したのだろうか?

完成する間に大きめの石を多く集めなければならないし、柱穴の位置や石の配置など、建物のつくりも特殊だから、それを建てるための知識を持った人間は現場に必要だろう。

一人でなく、複数の人が同じ考えをもって行動していた…
その原動力はなんだったかというと、解釈は難しいと思う。

神殿か?偉い人の住居か?

炉の付近で、石棒や特殊な土器が出土しているいるので、火にかかわる祭りでもやっていたんじゃないの、とも思えるが…

考古学者が結論を出せていない状態のなか、みたこともない事例が姿を現した。
2014年東京都緑川東遺跡で、床下から石棒4本検出した敷石住居が見つかった。


人によっては、炉はないので住居じゃないよという。
前代未聞の発見のため、考古学者の間で解釈が割れているらしい。
でも、敷石住居の特殊性を改めて認識させるだけの効果はあった。
石棒は、石を細長い状態に加工し、全体を磨き上げてつくる。
膨大な労力を必要とするものをなぜ、4本まとめて住居ともども廃棄することになったのか?

特殊な建物から見つかっているから、実はここが石棒を保管する場所だったと考えたらだめだろうか?

獅子舞は普段別の場所に保管し、祭りの時に表に登場し大活躍する。



この建物は建築当初から石棒など祭りの道具の保管場所という機能を考えていたから、炉を省略した…

でも裏付け作業はヤラナイ。メンドイ。

ちなみに、敷石住居ばかり見つかっている遺跡もある。

特殊特殊といっても、どこまで特殊だったのか?
これはもう遺跡を残した人にしかわからない。


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旧石器時代 北海道増田遺跡


昔、遺跡を覆う土砂について次の話を聞いたことがある。


旧石器時代は火山の噴火が絶えず、地域によっては火山灰が1メートル以上堆積した痕跡が認められている。

だから、石器は火山灰の地層から出土する。

その次の縄文時代以降は、火山活動は活発ではなく樹木は生い茂っていた。

だから土器・石器などは黒色の土層から出土するし、旧石器時代の遺跡は、縄文時代の地層よりも深い位置から出土する。


でも、ここの遺跡のように土砂の堆積が、きわめて浅いところからみつかる場合もある。

メカニズムは門外漢だからわからない。


遺跡は、風通しの良い山間部にある。

山登りをしたことのある人なら経験があると思う。

平野とくらべ、威力の強い風に当たっていたから土砂の堆積は遅かったか?


仮にここで耕作作業を行っていたら、石器はたちまち地表に巻き上げられてしまい、出土状態の確認どころではなくなる。

…といっても、遺跡の発見というのは、未開発の土地で偶然みつかる場合がほとんどだけれども。


北海道白滝の赤石山(黒曜石の露頭のある)附近を歩いていたら、偶然石器を見つけることがある。


個人で収集している人もいるだろう。

そうした人の一部が、考古学者という誤った道にはまり込んでしまう。

周りにいる人は、最近様子はおかしくないか、挨拶の声掛け、注意が必要だ。




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soraイメージ
注意!
非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
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