出土状態の秘密

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://nagoya.areablog.jp/a19380312

弥生時代 大阪府四條畷市雁屋遺跡

以前、福岡県の遺跡で木棺墓を紹介したが、近畿地方でも見つかっている。


しかしどうも、福岡県とは形態に違いが見られるようだ。

蓋をするところは同じ。

でも、近畿地方のは木に溝をつけて組み立てる方式。




一方、福岡のは墓穴の端に溝を掘り、木板を差し込んだタイプであった。

木棺墓のルーツは、縄文時代には無いので、大陸からきた文化として見られている(考古学者の見解)。

根は同じなのに、なぜ西に行くに従い、変わったのか。

近畿地方では、木棺に対する墓に対する考え方に変化が発生したのだろう。

組み立て式は、成型した木を組み立てて、内部に遺体を安置し、棺を墓穴に埋めるという順序を踏まなければならない。

だから、結構な手間がかかる。

なぜ棺に手間をかけるか?

被葬者が特別だからである。

木棺墓は、出土数は少ないので、想像をたくましくしたら、組み立て式の被葬者は、村の中でも高い地位にいた人物とみてもいいかもしれない。

福岡の木棺墓も数は少ないので、同じような人物像を描いてもよいという解釈を選択できる余地はある。

こうして木棺墓はえらい人間の墓という認識が生まれた。

ただし、木棺墓はムラでどんなポジションで、他の村人と比べて何が秀でていたのか?

弥生時代は階層社会と教えてもらったが、どんな階層構造だったのか、被葬者の身分を示すものは何なのか?

細かいことになると、わからないことは多くなる。

それを考えるのが考古学の醍醐味という人はいる。

実態のある結果を求められる理系の人からみたら、考古学はなんて楽な仕事だと思われるに違いない。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nagoya.areablog.jp/blog/1000234300/p11592870c.html
| コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

■同じテーマの最新記事
古墳時代 岩手県上田蝦夷森古墳群
古墳時代 岩手県角塚古墳
古墳時代 千葉県早野横穴
<<新しい記事へ     以前の記事へ>>
このブログトップページへ
soraイメージ
注意!
非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
前年  2017年 皆勤賞獲得月 翌年
前の年へ 2017年 次の年へ 前の月へ 11月 次の月へ
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
今日 合計
ビュー 73 2567
コメント 0 0
お気に入り 0 0

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<

お気に入りリスト

最新のコメント

おすすめリンク