出土状態の秘密

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続縄文時代 北海道旧豊平河畔遺跡

本土では弥生時代と呼ばれていたころ、北海道では続縄文時代と呼ばれる時代が続いたと習った人は多いと思う。

いや、むしろ覚えていない人の方が多いか?

続縄文時代の人は、縄文時代と同じく竪穴の住居に住んでいた。

ちょっと違うのは柄鏡のように、細長く伸びた掘り込みがある点だろう。


この掘り込みの端にも柱穴は見つかっているので、上部に屋根のような構造物があったらしい。

細長い掘り込みのある住居は道東でも確認されている。

道東 尾河遺跡


ちなみに…

実は続縄文時代の住居跡はあまり見つかっていない。

見つかるのは結構めずらしい。

補足すると、その前の縄文時代の終わり頃の住居もあまりみつかっていない。

その反面、墓はたくさん見つかっている。

なぜだろうか?

人によっては、季節的に移動を基本とする生活を送っており、住居は掘り込みのないテント生活だった。

だから掘り込みは確認されないのは当然、と説明する。

でも遺跡から見つかっている動物の骨から、一年を通して定住していたのではないかと考える人もいる。

果たして、今世紀中に結論は出るだろうか?




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注意!
非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
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