出土状態の秘密

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古墳時代 岩手県膳勝遺跡

遺跡からは竪穴建物跡が50軒以上もみつかっている。


そのうちの1軒からは土師器とよばれる土器が大量に見つかった。


かまどの右側から大量に見つかっている場合が多いとのことで、厨房的な場所だったのではと考えている人もいる。

かまど附近なので、食器や料理器具は手に届くところにあったと考えるのは自然だと思う。

でも上からグシャっとつぶされたような状態で見つかったのは何を物語っているのだろう?

床面から土器がつぶれた状態でみつかった住居は、多かったらしい。

集落全体で、生活必需品を残して家を去らなければならない事情でもあったのだろうか?


つぎのこの住居。


規模はわからないが大型住居と呼ばれている。

ここからは、「圭頭太刀柄頭」と呼ばれる金属製品が見つかっている。


詳しくは知らないが、聖徳太子の着用していた刀にもついていたらしい。

この「大型住居」に居住していたのは何者か?

中央政府とのつながりの強いものがなぜここから見つかったか?

柄頭の先についていた刀はどこに行ったのか?

…もしくは、ゴミ扱いされてこの住居跡にポイ捨てされたか?

とりあえず、様々な問題を提起してくれる遺跡である。



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注意!
非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
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