出土状態の秘密

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://nagoya.areablog.jp/a19380312

縄文時代 重複を続けた住居

いままでも重複する住居群をいくつも紹介してきた。

ここでとりあげるのは、住居が同じ場所で幾度も建て替えを繰り返した事例である。

中野谷松原遺跡では、合計15回以上も建て替えを行った事例が見つかっている。


四角形から円形へと、住居の形態が変化していく様子を観察することができる。

こうした事例はなんと戦前、縄文時代に全く理解無き時代に確認されていた。

関野克さんという人は、埼玉県で7回建て替えを行った住居を発掘し、重複住居の意義を日本で初めて論じた。




こうした住居の存在は、この地に長く住み続けた人たちがいたことを示しているのか、ここに住んだ家族が飽き性だからなのか?



中野谷松原遺跡は縄文時代前期の遺跡である。

関東地方では、前期の初めから終わりにかけて、住居は方形→円形へと変化する。

だから、ここに住んだ家族が、趣味で形態を変えたというわけではなく、この地域全体で見られる変化としてみたほうがよさそうだ。

でも、なぜ方形から円形に変化しなければならなかったのか?

縄文時代前期は大まかにいうと、今から6000年前から5000年前の約千年間。

この千年でおきたことといえば、南関東でいうと、海岸線が現在よりも内陸部にまで入り込み、遺跡の数が急激に増えた。

しかし、その後徐々に海岸線は沖へと引いていき、遺跡の数は減っていった。

つまり地球規模で温度の上昇と下降が、この前期に存在したことを示している。

それを縄文海進と呼んでいる人もいる。

しかし、温度が低下するに従い、住居の形態も円形になりましたといっても、納得する人はいないだろう。

円形と方形の、メリット・デメリットを探る必要があるような気がする。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://nagoya.areablog.jp/blog/1000234300/p11630023c.html
建物跡 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

■同じテーマの最新記事
擦文文化 北海道K499遺跡
弥生遺跡 静岡県登呂遺跡
縄文時代 住居の形態
<<新しい記事へ     以前の記事へ>>
このブログトップページへ
soraイメージ
注意!
非常にマニアックなブログです。
タモリ倶楽部でもやりません。
旧石器とか縄文など、教科書で習うけど、ほとんどの人は興味なく、聞き流すだけで終わると思います。遺跡に行っても、だいたいは看板があるだけ。古墳は草木が生い茂っている山にしか見えない。面白いのは、ものが出てきたほんの一瞬だけ。全国には何万と遺跡はあります。その中から独断と偏見で、「出土状態」を紹介していきます。なお専門家ではないので悪しからず。
前年  2017年 皆勤賞獲得月 翌年
前の年へ 2017年 次の年へ 前の月へ 11月 次の月へ
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
今日 合計
ビュー 4 2490
コメント 0 0
お気に入り 0 0

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<

お気に入りリスト

最新のコメント

おすすめリンク